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起業家は育成できないか?

2004年12月9日
渡辺 日出男


要約 :

  起業家の定義はまだ確立されていない。これまでの起業家の特性に関する見方は、人間として性格や傾向だけを捉えているに過ぎず、もうひとつの重要な側面である事業創造に関する能力分析はほとんどなされてきませんでした。 わが国に起業家は育たないという前提で、大企業における新事業開発方式を模した、研究―起業―経営という縦型の人材機能の統合によって日本特有のベンチャービジネス創造を模索する流れがあります。
  しかし、競争力に優れるベンチャービジネスは起業家の事業創造能力にかかっており、単なる人材機能の統合では難しいと思います。


わが国に起業家が不足しているという指摘は、日本人固有の問題ではありません。国際競争力のある大企業を築きあげるために戦後一貫して続けられた経済政策、教育政策が築き上げた社会風土がもたらしたものにすぎません。大企業や行政機関に勤めることがもっとも安全で誇らしいとする風土を作ってきたのです。
  その結果とも言えると思いますが、"起業家を育たない遠因"が足元にあります。それは、別項で指摘する「ベンチャービジネスの技術評価」の問題であり、本来大企業向けの経営理論のつぎはぎで指導されている「ベンチャー事業計画作成指導」などです。最近、驚くのは事業計画作成代行というビジネスがあることです。ニーズがあるからだろうと思いますが、代行屋さんに任せて起業する人がいるのかと驚くばかりです。


起業家の頭脳の動きや働きを分析すれば起業家の事業創造面の育成は可能と考えます。それができれば、多数存在する起業家予備軍を起業家精神に富む起業家に転換する大きなきっかけとなると思われます。
  知的財産立国を目指す産業政策の中で未利用技術による起業促進が未曾有のスケールで展開されている今、根本的にして唯一欠けている起業家育成、少なくともその事業創造能力育成の道を早急に模索し、実行することが重要と考えます。

 

本文は次の項目よりなります。

     
  1. 問題提起
  2. 起業家の評価の歴史
  3. 日本式ベンチャー創造仮説の脆弱性
  4. 起業家の育成

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  1. 問題提起
  2.   日本人の国民性として起業家精神が欠如している。真の起業家が育たない。だから、わが国ではベンチャービジネスが伸びない。長い間そう言われ続けてきました。
     
    深刻化したバブル経済破綻後の景気後退、製造業の空洞化、国際競争力の低下などによりわが国の産業経済活性化戦略が検討され、これまでの技術立国日本から一歩進んだ知的財産立国を目指す。これがわが国の科学・産業政策の柱となっています。その中で、これまで蓄積した膨大な未利用の知的財産を活用する施策が次々と打ち出され、優れた研究開発成果をシーズとしたベンチャービジネス起業促進がこれまでなかった広がりを持って進められています。
      TLO、公務員の起業規制の撤廃、大学や公的機関の特許使用の自由度拡大などの施策は、ベンチャービジネスを生み出すためのきわめてダイナミックなインフラ整備と評価します。しかし、それでも米国からみれば20年から30年遅れています。その遅れを取り戻す施策を急遽取り入れたからといって、それに呼応する起業家がすぐ付いてくるものではありません。だからといって、起業家不在のまま大企業模倣型手法よってシステマティックなベンチャービジネス創造を図ろうとするのはやや短兵急にすぎると懸念します。
      その典型を産業総合研究所・ベンチャー開発戦略研究センターベンチャー支援室が目指すスキームに見ることができます。それは、研究者、ビジネスの骨格を作るクリエイター、そして経営者の機能に分け、手分けして起業家不在のベンチャービジネスを創造しようとするスキームのようです。その成功事例を多数作れば、起業家不在の日本特有のベンチャービジネス創造システムが構築されるというものです。
     
    このスキームを知ったのは、戦略センターが設立されて間もない2002年のことです。行政関係者の焦る気持ちが分かる一方、 "これでまた日本に起業家育成を阻害する新たな風土が醸成されることになるのでは"との懸念が湧きました。
      私は、わが国の起業家不在、ベンチャースピリット欠如は、日本人固有の問題ではないと考えます。それは、経済成長を唯一の価値基準として国際競争力のある大企業を築きあげるわが国の経済政策、教育政策が築き上げた社会風土を反映しているものにすぎないと考えます。知的財産立国を作り上げる根本となる個人の創造性、独立心は教育と風土のわずかな改善によって育まれると信じます。起業こそ創造性や自律性を育む最大の機会なのです。この未曾有のベンチャー起業推進施策の中で、根本的にして唯一欠けている起業家育成の道を早急に模索し、実行することが重要と考えます。

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  3. 起業家の評価の歴史
  4.   1970年代からの日本のベンチャービジネスの流れを経営スタイルという視点から簡単に振り返ってみます。
     
    1970年代のベンチャービジネスは、米国を手本としてベンチャーキャピタルが主導したと言えます。技術に特徴を持つ製造業の急成長を期待するものでしたが、起業家のイメージも今や古典的と言われるもので、困難をものともしない不屈の精神を持ったリーダーシップというものでした。カリスマ性などという言葉も持ち込まれました。しかしながら、製造業ベンチャーに関して言えば当時の技術は街の発明家などに見られる技術レベルが多く、既に大学などの研究者が起業する欧米のハイテク・ベンチャービジネスに比べると質的にはるかに見劣りするものでした。もちろん、中にはハイテクと言えるものもありましたが、80年代初頭に有望視された大企業スピンアウト技術による起業がことごとく失敗し(プラズマ、シートコイル技術など)、ベンチャーキャピタルの興味は急速にサービス産業へと傾斜していったのです。起業家の経営スタイルについて、当時から彼らの強烈なワンマンシップが経営の透明性や今で言うコンプライアンスの問題を引き起こすことが指摘されていました。投資したベンチャーキャピタルや銀行などは、そのような企業が大企業から人を採用し、経営陣に加えると何故か安心するという風潮は当時からありました。一方、米国や欧米のベンチャーキャピタルは、ベンチャー経営の成功は起業家だけでなく、経営陣の構成にあるとして、プロフェッショナルによるマネージメント・チームの構成を推し進めました。経営、研究、製造、マーケティング、財務という機能ごとに、経験者やMBA出身者などを交えたいわゆるプロフェッショナルマネージメントチーム経営が流行したのです。ベンチャービジネスでCEO(経営最高責任者)などの名称を用いるようになったのもこの頃からです。その影響から、日本でもバイオテクノロジーなどの先端技術ベンチャービジネスがその方式を取り入れましたが、船頭多くして船進まずの通り、戦略における不協和音などの理由から組織破綻が起こりました。この寄せ集めによる破綻現象は米国でも良く見られるものです。
      この頃には、"技術起業家は独走する"、"技術起業家は経営ができない"という見方が定着したように思われます。
     
    日本では、それまで、ベンチャーキャピタルは49%を超える株式を保有できない、経営に参加することができないという規制があったのですが、それが取り除かれた理由のひとつに、ベンチャーキャピタルの経営指導によって健全な経営を図るというものもあったと思われます。
      90年代にはいわゆるITバブルがベンチャービジネスブームを巻き起こしました。マザーズなどの売上げがなくとも上場可能で、市場からの資金調達ができるという証券市場が設立され、中にはベンチャーキャピタルや証券会社などが主導して事業計画を立案し、それに踊る経営者によって一気に上場を目指す荒っぽいベンチャー起業も多く見られました。オーディオリキッド・ジャパンなどはその典型的な例ですが、経営とも言えない経営で、その後サイバーミュージック・エンターテインメントと社名を変え、さらに現在はニューディールという名称になって設立当時とは経営者も業態も完全に変っています。
      ベンチャービジネス業界の健全な成長を願う私には、ITバブル期はかなり異質で、起業家不在というよりも、新設株式市場を利用して金儲けをする投資側の思惑で混乱を極めた時期と見る方がなぐさめになります。
      最近ではMBAベンチャーキャピタリストが投資を見届けるためにベンチャービジネスのCEOを兼務する形態が普通のことのようになり、また、大企業出身者をプロの経営者としてベンチャービジネスの経営に充てることも少なくありません。
      そして、この2−3年の間にCFO(財務)、CTO(技術)などのベンチャービジネスのプロの経営者育成を目的とする民間スクールも開設されるようになりました。
     
      この30年にわたる流れを見ると、ベンチャービジネスを取り巻く行政や金融機関の人たちには次のような認識が固定化していると思われます。それが、"日本人の国民性として起業家精神が欠如している。真の起業家が育たない"という断定的な言葉になって表われることになっていると思います。 そして、その反動として(今回のように技術シーズが優れているので期待も大きいですから)、成長ステージによってベンチャービジネスの経営に必要な能力は異なるに違いない。したがって、そこを補強する体制ができればベンチャー経営が上手く行くのではないかという期待に満ちた仮説が生まれているのではないかと思います。

    研究者・技術者経営が分からない
    起業家リーダーシップはあるが、わがまま。個性が強くコミュニケーション能力に欠ける傾向があるので、経営に向かない。
    プロ経営者製造業の役職経験者・MBAを持つベンチャーキャピタリストなら経営ができる。

        しかし、この固定観念には重要な点が抜けています。起業家には二つの側面があります。ひとつは、ここに見るような評価の対象となってきた人間としての性格的な特徴という側面です。やる気だとか、頑固とか、カリスマ性とかいうようなものと経営の関係です。もうひとつの側面は事業を作り上げる能力です。実は、起業家の持つ能力面に関する最初の洞察は1988年のドラッカーのテクノロジー・マネージャーの能力に関する示唆が初めてだったと言って過言ではないのです。したがって、歴史的に見てもその側面に関する分析がすっぽりと抜け落ちているのです。

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  5. 日本式ベンチャー創造仮説の脆弱性
  6.   下図は、「不連続の事業創造こそがベンチャーの真骨頂」と題したダイヤモンド社の"ループ"創刊号「間違いだらけのテクノロジーマネージメント―校篠、本荘」が出所です。これを見ると、ベンチャー開発戦略研究センターベンチャー支援室が目指すスキームにも納得がいきます。

     

      
      この図の起業家がベンチャー開発戦略研究センターのクリエイターに相当するのでしょう。この中で、起業家という真の意味をあいまいにしたまま、大企業の企画などの経験者であればクリエイターとして機能するという発想と思われます。
      しかし、これは、大企業における、研究所―企画・新事業開発―事業部と続く事業開発と経営の流れをベンチャー起業に当てはめたように見えます。
      起業家がいないから、優れた事業シーズを活用するには大企業の事業開発方式を採用して日本固有のベンチャー起業育成方式とするということなのでしょうか。
     
      80年代のプロフェッショナルによるマネージメント・チーム経営破綻も、大企業における新規事業の難しさも、その原因はたったひとつです。
      それは、不確実性に富む事業の先行きに対して関与する人達の見方が違うことです。正解がないから誰でも思い思いのことを言えます。不確実性に対しては誰もがプロであると同時にアマチュアです。大企業であっても、新規事業は、少数(ほとんどは一人)のリスクテイカーによって周囲の保守的な反対を押し切って進みます。不確実性の前では大企業であろうが、どんな組織であろうが決して一枚岩にはならないのが普通です。それぞれ自分こそ一番と思う寄せ集めの80年代のベンチャーマネージメント・チームが機能しなかった理由はそこにあります。自分の解が正しいと思えば戦略が変ります。具体的な活動のひとつひとつも変ります。他の人と合わなくなります。
      この周囲の異なる意見を説得し、信じるところに向かっていくのは、この図でいう起業家、戦略センターのクリエイターの持つ先見性と強力なリーダーシップです。このリーダーシップは大企業の和のリーダーシップとは様相がかなり異なります。投資に対する責任、戦略と決断のスピードというプレッシャーの中で発揮しなければならない創造的なリーダーシップの本質は、一般にはなかなか理解できないかもしれません。
     
      80年代のプロフェッショナルによるマネージメント・チームを横型機能融合のベンチャー経営戦略と名づければ、戦略センターの仮説は縦型機能融合のベンチャー起業創造戦略と言えるのかもしれません。これも、横型と同種の組織運営上の脆弱な部分を持っていると懸念します。研究、起業(クリエイター)、経営という区分けの中で、研究は起業家の指針によるところが多くなるはず(それが少なければクリエイターは機能していないことになります)で、この点でコミュニケーションの問題が露呈する可能性が大きいのです。同じ会社であっても、研究者の想いと事業推進者の想いは異なります。まして、今回は背景がまったく異なる人同士のコミュニケーションです。
      また、経営は起業家の示す事業戦略により展開されるものですから、ここでも難しい面があります。実際、私が技術を作り上げた技術と事業を譲渡したベンチャー企業のプロと呼ばれる経営者達が選択した事業戦略はまったく異なるもので驚いたのですが、その誤りに気付いて修正するまでに2年半要したという実例があります。
      研究所、大企業出身者が大人の和を重んじる行政の大きな枠組みの中の価値観からの起業にどの程度の独創性や創造性が生まれるものか、私にはほとんど不可能な気がします。

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  7. 起業家の育成
  8.   問題提起の中で、私は「知的財産立国を作り上げる個人の創造性、独立心は教育と風土によって育まれると考えます。」と申しました。個人の能力開発の可能性を見くびってはいけないと思います。育成などしなくとも起業家はいます。もちろん、まったく起業などに関心のない人もいます。しかし、今の時代、できるものなら起業してみたいと考える起業家予備軍は多いのです。その予備軍が躊躇する最大の理由は、リスクと資金調達に対する心配です。
      また、デス・バレー(死の谷)と称される技術成果を事業化する難しいステージを成し遂げる能力について、自分にできるだろうかという不安があるかもしれません。
     
      起業家あるいはクリエイターの行為や能力について、先ほど引用した「間違いだらけのテクノロジーマネージメント―校篠、本荘」で、両氏は起業家の行為を"技術というシーズと市場の潜在ニーズをつなげる能力は多分に属人的なもので、その具体的なプロセスは混沌として人間くさい営み" と表現しています。米国のコンサルティング会社は、その能力について"事業構築と研究開発のマネージメントの経験に裏打ちされた高いレベルの創造力と技術評価能力を持ち、左脳と右脳のバランスが生み出すビジョン描画能力を持っていることが必要" などとも言っています。
      起業家の能力面について、このような表現であってもその事業創造能力について説明されるのはごく最近のことなのです。したがって、70年代からのベンチャーの流れを見てわが国に起業家を育む努力がまったくなかったからといって誰も責めることなどできません。単に、違う人種を見るように観察し、失敗例や欠点を見てきたに過ぎません。投資や金融支援を成功させるために大企業出身者やMBAベンチャーキャピタリストなどの配置という方法で足りないと思う面を補完しようとしてきたに過ぎません。 "わが国には起業家が不在"などと結論付けるのは早すぎます。上記のように表現される起業家の能力特性をよく見てどのように育成すべきかを考えることがこれまでまったくなかっただけです。"日本人の国民性として起業家精神が欠如している。真の起業家が育たない"と結論するのは早計に過ぎます。
      私は、「わが国の起業家不在、ベンチャースピリット欠如は、日本人固有の問題ではない。それは、経済成長を唯一の価値基準として国際競争力のある大企業を築きあげるわが国の経済政策、教育政策が築き上げた社会風土の鏡です」とも言いました。大企業やお役所に勤めることがもっとも安全で誇らしいとする風土を作ってきたのは事実です。加えて、その風土が生んだ"起業家を生まない遠因"がすぐ足元にあります。それは、別項で指摘する「ベンチャービジネスの技術評価」の問題であり、本来大企業向けの経営理論のつぎはぎで指導されている事業計画作成指導などです。
     
      現在、わが国が蓄積した膨大な未利用の知的財産を活用する下記のような施策が次々と行われ、すばらしい技術成果をシーズとする起業機会が今ほど大きい時代はかってなかったのです。

    • 大学や公的研究所の技術を移転するTLO活動
    • 特許庁による未利用技術の中小企業への移転推進活動
    • 公務員法改正による大学や公的研究所研究員の起業促進インフラ整備
    • 一円資本金でも株式会社を設立できる特例商法
    • 未利用技術による起業研究開発支援(NEDO)
    • 技術経営を強化するためのMOT講座の開設
    • 知的財産基本の制定

      繰り返しになりますが、"起業こそ創造性や自律性を育む最大の機会なのです。" この機会に起業家予備軍の起業家への進化を推進する施策こそ真の知的財産立国日本を築き上げる基本と思います。
     
      起業家には性格的な資質とビジネスを作り上げる能力という資質がありますと申しました。起業家の事業構築に対する頭脳展開構造を知る努力をせずに、ビジネスはMBAがいれば十分と考える人たちの認識を変えていただきたいと願います。
      白紙に絵を描く起業家と既にあるビジネスを合理的に経営するMBA経営は根本的に異なる面を持っています。
      私のセミナーは後者のビジネスを作り上げる能力に関するものです。
      起業家予備軍が恐れているかもしれないその能力について自信を得れば、彼らが潜在的に持つ起業家精神を引き出すことができるとの期待から公開するものです。これが契機となって、起業家の頭脳構造を解き明かすさまざまな手法が生まれ、それらを活用して創造性に富む起業家が生まれることを心から期待します。
     

以上

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